藤はなの窓
Column

2025.9.22
気候変動と文化財

このところ毎年のように、夏場の平均気温が、定期的な気象観測がはじまってからの最高値を更新しています。2025年もすでにそのような状況にあることは、具体的な数値や猛暑日の日数などを示されなくとも、実感として多くの方々が体験しているにちがいありません。気温だけではなく、集中豪雨による水害の頻度、規模、地理的な広がりもまた尋常ではなく、「経験したことのない」あるいは「命の危険を感じる」というフレーズが頻繁に飛び交う天気予報にも慣れてしまっていることに愕然とすることがあります。

このような気候変動の影響が私の暮らしの環境の隅々にまで及んでいることは言うまでもありませんが、文化財をとりまく環境にもまた、多大なインパクトを与えていることを見逃してはならないと考えています。自然災害によって物理的な被害をうけた文化財はいうまでもなく、そうではないものについても、極端な気象の変化がもたらす目に見えないストレスがかかり続け、それが原因となって発生する劣化が、予想以上のスピードですすんでいるものと思われます。異常な高温と乾燥が長期にわたって続くこと、地表面や建造物に強烈な太陽の直射光が長時間にわたり照りつけること、膨大な雨量が短時間に集中することなど、あまりにも極端な現象がもたらすストレスが文化財の中に様々なかたちで蓄積し、それが何かのきっかけで暴発して、かけがえのない価値を毀損してしまうことは、誰しも想像したくないことです。

日本国内の数多くの歴史的文化財が、今日まで良好な状態で受け継がれていること、それが先人達のたゆまぬ努力の賜物であったことは論を待ちません。そして、その背景には、年ごとに多少の変動はあるにしても、一年を通じて比較的穏やかな変化をもたらしてくれるこの国の気候風土の特徴があります。先人達は、春夏秋冬の季節の移ろいに合わせて、それぞれの時期にどのような手入れを行うことが効果的かを経験的に知っていて、それを着実に実行してきました。さらに、定期的に規模の大きな修繕が必要となることもよくわかっていて、その事業を実施するために腐心してきました。しかし、今、グローバルな気候変動のもとで、この経験値の有効性が揺るぎつつあるようです。

ご存知のように、平等院には美術工芸、絵画、建造物、史跡、名勝等、様々な文化財が極めて高い密度で集積していますが、それ故に、急激な気候変動のもとでは、これまでの経験の範囲を超えた事象が、連鎖的に発生するリスクも否定できません。その影響を最小限に抑え、文化財の価値を持続可能なものとするためには、これまでにも増して、現状を詳細に確認するため解像度の高いモニタリングを頻繁に実施し、データを蓄積することが必要です。さらに、そのデータをもとに新たな技術を適用する文化財保全のレトロフィットを試行する段階にきているのかも知れません。(文・宮城俊作)

*すでに存在するものに、新たな技術や手法を適用することによって、その機能性や持続可能性を高めること。

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